スポンサーサイト

--.--.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

3.4 TUE / 2008

Tue.04.03.2008 0 comments
sa080304.jpg


今のお家に越してきたのはまったくの偶然が重なってからだ。
わたしたちは空想ごっこでもするように、
一緒に住めたらいいねーと知人の事務所の広いバルコニーで話していた。
それから1週間もしないうちに、家を借りてもらいたがっている人がいるんだけど、
という電話があってすぐに見に行くことにした。

3LDKの和室部分をリビングとひと続きにして透明のパーテーションでくぎり、
たっぷりとしたクロークと壁一面が本棚になった事務所スペースがあり、
キッチンもカウンターを隔ててリビングの一部にあって、
料理をしていてもひとりぼっちにならないから淋しくない。
元旦那さんが建築家で自ら設計して使い勝手がいいようにリフォームをしたということだった。

あまりに整いすぎた贅沢な環境で、これは夢じゃないだろうか、
ほんとうにこんなにうまくいっていいのだろうかと少し考えたが、
今はこれしかない、とそこに住むことに決めた。
どう考えてもそれしか思い付かなかった。

東京に出てきてから、6畳一間で生活してきたわたしたちは、
広すぎるお家に戸惑い、始めは部屋の隅の方にかたまって座ったりしていた。

4年間。1年が4回、2年が2回。
毎日、手を合わせてご飯を食べ、朝までMACに向かったり、
ソファーで生き倒れたり、酔っぱらって床で寝たり。
みんなが来て歌や楽器の練習をしたり、恋や将来の話をしたり。
泣いたり笑ったりふてくされたり。
始まって終わって、終わって始まって、その繰り返し。

そしてこの春にこのお家ともお別れすることになった。
新しいお家は今の3分の2くらいの広さなので、
荷物を整理しなければ自分たちが埋もれてしまう。
何年か前、地元福岡で大地震があった。
中心地にある見知ったビルの窓ガラスが全て割れ、
下の道路でこなごなになっている様子をわたしはテレビで見た。
母はそのときの体験があって、モノに埋もれて死にたくない、
とそれから毎日ゴミ袋にして5袋は捨てていったそうだ。
わたしと同様モノ持ちの多い母がそうしていたから、
次に実家に帰ったときは、随分とすっきりしていて、
家が広く、少し淋しくさえ感じた。

毎日、昔の日記や手紙や写真、
集めた映画のフライヤに雑誌の切り抜きなんかを整理していて、
もし今わたしが死んだら、これらの荷物は誰が整理するのだろう。
と思うと、今のうちに自分でなんとかしておかなければ、
と責任のようなものを感じる。
それでも捨てられないものは多い。
そのモノの奥にある多くの感情や風景や匂いがぷんぷんせまってきて、
つかんで離してくれない。

でも、どうしても捨てられないものは、捨てなくてもいいんじゃないかな。
捨てたくても捨てられないものも、とっておいていいような気がする。
よし!という日が来るときまで。

カバンひとつで旅に出るとしたら、何を持って行くだろう。
いろいろ考えたら、紙とペンひとつだった。
そう考えると、なにかを残すことが、
わたしの中で重要なポイントなのかな、という気がした。
2週間後、わたしたちとこのお家はどうなっているんだろう。



■BGM:「何万回と聴いたEGO-WRAPPIN'のアルバム数枚 」

« 深夜のタイムトラベル - Home - ゲド戦記、再び。 »

- comments
0 comments
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

- trackbacks
0 trackbacks


この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

topTop

2017 / 07月  
sun mon tue wed thu fri sat
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
最新記事
カテゴリ
日記 (146)
絵 (83)
音楽 (13)
映画 (7)
本 (8)
お知らせ (29)
プレガ (16)
未分類 (8)
アルパカ (1)
おしゃんこ (14)
リンク
このブログをリンクに追加する
twitter
Follow swknn on Twitter
プロフィール

二宮佐和子

Author:二宮佐和子
sadaysへようこそ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。