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母のインドの話

Mon.03.11.2008 0 comments
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インドへヨガ修行に行った母に、
その旅の行程を聞くのをとても楽しみにしていた。

「インドは、それはそれは大変で・・・
 何が大変って、取りあえずは暑くて、で、寒くて、
 だから厳しくて、色んなものが汚くて、
 でもみんなとても優しくて、温かくて、
 何度も心を洗われて、感動の涙が流れて、
 幸せだって思って、でもでもやっぱ大変で、
 生きた心地しなかったりして・・・と、
 未だその整理がつかない混沌とした状態のままで、
 全ての体験と感情が日々ごちゃ混ぜになって押し寄せて、押し流されて、
 気が付いたら終わってたって感じかな?!」

と先日の母の日記にあったのを読んでいて、
それが全てを物語っているように思ったが、
実際写真を見せてもらいながら話を聞いていると
わたしもどんどんその世界に吸い込まれそうになっていった。
写真の中の母の顔が、だんだんと行者のように、
険しくもたくましくなっていくのがわかり、
その道のりの厳しさが写真を通して伝わってくるようだった。

母は月に一度、母の姉、わたしにとっての伯母のいる大分で、
伯母と一緒にヨガの研修を受けていて、その研修のなかで、
今までで一番辛かった事を二人一組になって話しなさい、
という会があったそうだ。
そしてそれを一度家に持ち帰り、
再度レポートを書いてみんなの前で読む、
ということをしたそうなのだが、
最初に二人一組で話したこととは違うことが出て来て、
そのときに話した事は、そんなに辛い事でもなかったな、と気付いたりする。
辛かった事は忘れ去られる、塗り替えられる、消化されていく。
だから、辛いことの最中にいるときは、
辛いのどん底でもう立ち上がれないと思っても、
それは次第に消化されていくのだと。
いい事があれば悪い事もあり、人に優しくしたり大切にしたいと思ったら、
自分も人に優しくされたり大切にされたりして、
悪口を言ったり傷つけたりすると自分にもそれが返って来る。
すべては巡り巡っているのだと。

たぶん、そういう、いいことをしたらそれが返って来るよ、
人の悪口言ったら自分も言われるよ、
っていうのは幼稚園くらいから言われていて、
頭では分かっているけれど、
それを本当に理解していつもその状態にいられることは、
そう簡単ではない。

ヨガの教えにはとても興味深いものがたくさんあった。
わたしは勝手に、ヨガは仏教の教えのもとにあるものだと思っていたが、
ヨガ自体は無宗教なのだそうだ。
無宗教、というか、どんな宗教でも受け入れる、
と言った方が正しいのかな。
全てのことに、ありがとう、と手を合わせる。
対象は神様ではなく、今目の前にあるものに対して、
ありがとう、と手を合わせる。
わたしはご飯を食べるとき、いただきます、
と手を合わせないと気持ち悪くて、
いつもそうしているがそれはただの習慣のように
なっているような気もしていて、
だからこれからは、ちゃんと、ありがとう、
っていう気持ちを持って
手を合わせるようにしようと思った。

わたしは物事を客観的に見るのが苦手で、
ふと母に、どうしたらそれができる? と聞いてみた。
すると母は「瞑想しなさい。」と言った。

「瞑想しながら、自分の中にいる、
 もう一人の小さな自分を見つめるの。
 晩ご飯何しようかな、とか、余計な事を考えてはだめ。
 その小さな自分ときちんと向かい合えたとき、
 自分のことが見えるから。」

母は、ヒマラヤの麓にある聖地ガンゴトリの、
ガンジスの源流といわれている 滝の近くの橋の欄干の上で、座し、
雑念が消えた頃、突然全身がオレンジ色の光の輪に包まれたのだという。
そこには今まで体感した事のないほどの感動が訪れ、
全身が震えるほどに幸せだと思ったのだそうだ。
足の感触もなくなり、肉体の苦痛を超えた世界があることを
初めて体感したのだと。

そう言えば中学の頃、朝のあいさつのあと、瞑想の時間があった。
担任の体育の先生が、どこで瞑想がいい、
というのを聞いたのだろう。
夏でも冬でも窓を全開にして、
「はい、黙そう~!」という合図のもと、目を閉じる。
机と机の間を竹刀をもった先生が歩く。
「さぁ~息を大~きく吸ってぇ~
 朝の気持ちいいぃ~息吹が感じられる~~~。」
その台詞のような言い回しが特徴的で、そんなんじゃ集中できんよ、
とひそかに思いながらも目をつぶって深呼吸していたような気がする。


インドから帰って来て母が「生まれ変わった」と思ったのは、
実は、ようやく自分を見つけた、ということだったのだろうか。
帰省して母はいつも通り元気だったが、少しだけ今までの母よりも
落ち着いているように感じた。
なんもやる気がおきん。
なーんでもいいーって気持ちになるとよ。と言っていた。
わたしにはよくわからないけど、
何かをつかみかけているのかもしれない。と思った。
わかんないけど。
とりあえずわたしは、瞑想することから始めよう。


■写真は母のヨガ精神のつまった神聖な一角。
  額に入っているのはインドのヨギ(行者)で、
 聖人と呼ばれているチダナンダジ。
  先日93歳で亡くなられたそうです。

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