スポンサーサイト

--.--.--.--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

夏に漱石

Fri.29.08.2008 0 comments
sa080828.jpg


28才のお誕生日に、母からもらった夏目漱石の「こころ」。
しばらく開かずにいたのですが、仕事が一段落した頃、
寝る前に開いては、ネガティブで煮え切らない「先生」に
もやもやしながら眠りに落ちていました。
そして昨夜から朝にかけて、読み出したらとまらなく、
一気に読みました。

「強い『生』の力を感じる」と言った母の言葉とは反対に、
読み終わってわたしは「先生」はすごく弱い人だと感じました。
親友を自殺という形で失い、それをずっと心に抱えたまま、
心を閉ざしたまま生きてきて、最後には自分も自ら命をたってしまった。
「先生」は世間や周りの人との接点を持とうとせず、
自分と奥さんのことを
「最も幸福に生まれた人間の一対であるべき筈」と言いながらも、
奥さんにも閉ざしたまま、一人孤独でいたのです。
奥さんはそれでいつも心を病んでいて、
どうしてそうなってしまったのか、
「先生」に何度も尋ねるけれど、
「何も悪い事はない。そういう性質になったんだ」という限りで、
「先生」は何も語らず、奥さんはますます悲しくなっていました。
それでも「先生」が奥さんと共に生きている限り、
奥さんは幸せだったかもしれません。
しかし、「先生」は「私」に「先生」の過去にあった全ての事を語り、
命をたってしまった。
そして、奥さんの中にある過去に対してもつ記憶を
純白なまま保存しておいてやりたいから、と、
その事実を決して明らかにせず、腹のうちにしまって置いてください。
と手紙に残しました。
きっと何故「先生」が死んだのか何もわからない奥さんは、
ますます苦しむことだと思います。
そんな風に奥さんを残してひとり行ってしまった「先生」を
弱い人だと、わたしは読み終わって思ったのです。

でも、こうして、書きながら再度ページをめくっていくと、
「弱い」と言うのとはちょっと違うな、という気持ちになってきます。
最初はなんだか腑に落ちないことばかり言うなぁ、
と思っていた「先生」の語る一言一言が、
経験に基づいて語られているもので、
説得力のあるものに聞こえてくるのです。

人間には、こういう部分がある、
というのを客観的に書かれたものを読む事で、
良いとか悪いとかは別として、
人間ってそうなんだ、と認める事が出来ました。

親友の死を抱えたまま生きていった「先生」、
「先生」の死をきっと抱えて生きていくだろう「私」、
とそういう風に、魂は受け継がれて続いていくのかもしれない、
と思うと、自分の死も身近な人の死も、
そう怖いものではないようにも感じます。
ただ魂は残っても肉体として会うことができない、
話をすることができなくなる、というのは、やはり悲しいけれど。

んんー、書いててよくわからなくなってきました。
またもう一度、二度と読んだら、気付く事があると思います。
大江健三郎氏は四度も読み、
読む度に色の違うペンで感銘を受けた部分に印を付けていくのだそうです。

「様々な色で記された本は、つまり自分の人生の軌跡だとも言える。
 それぞれの印が物語るそれぞれの時代の自分。
 一冊の本が自分の人生そのものになる」だとか。(母の日記サイトより、引用)

なんて壮大なことだ!!一冊の本が人生そのものなんて!!
そういえば、本を読むというのは人と会うのと同じことだと、
ほぼ日でイトイさんが言っていたとにゃりちゃんから聞いたことがあります。
なるほど、だからやめられないんですね。
もっともっと、出会いたいです。
スポンサーサイト

topTop - Next Page »

2008 / 08月
sun mon tue wed thu fri sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31 - - - - - -
最新記事
カテゴリ
日記 (146)
絵 (83)
音楽 (13)
映画 (7)
本 (8)
お知らせ (29)
プレガ (16)
未分類 (8)
アルパカ (1)
おしゃんこ (14)
リンク
このブログをリンクに追加する
twitter
Follow swknn on Twitter
プロフィール

二宮佐和子

Author:二宮佐和子
sadaysへようこそ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。